帰還せよ 北東の国原付の旅③ 移動の鬼

幌尻岳断念

2020.9.8

僕のこの旅は以前スペインで出会ったアメリカ人青年のオススメに従っている。北海道の小学校で英語を教えていたという彼は生粋の山好きで休みのたびにレンタカーを借りて山に出かけていたとのことである。

当時北海道に行ったことのなかった僕はモンベルのTシャツを着た彼の話を目を輝かせながら聞いたのだった。

彼は絶対に登るべき山を 幌尻岳・雌阿寒岳・斜里岳・羅臼岳・利尻岳・羊蹄山 とした。2年以上前のメモを引っ張り出し今回の旅程を組んだのだ。

しかし、羅臼と斜里、道の駅等々で今年の幌尻岳の状況はよろしくないという話を何度も聞いた。どうやら大雨の影響で林道が壊滅しているというのだ。ただでさえ深い山で長い山行を強いられる十勝の山がさらに困難を与えてくるというのだ。

生来、小心者で怠惰な僕はこれを理由に幌尻岳登山を取りやめた。行動力と忍耐力が必要とされる登山に向いていない性格であるとつくづく感じるものである。

さいなら
原付の限界

上士幌のキャンプ場を出発し目的地を苫小牧に定めた。270㎞の長い旅である。50㏄の原動機付自転車が日のあるうちに走れる限界の距離ではないか。

撮影のために側道に入る

おそらく最後であろう北海道らしい広大な平野を駆け抜け十勝山脈の北の峠を超える。と言いたいところなのだが、50㏄のエンジンに14インチのタイヤを履いたかわいらしいバイクに70㎏の巨体と20㎏ほどの荷物を積んでいるのである。

峠は敵だ。全くスピードが出ない。そもそも法定速度は30㎞/hであるが上り坂になると簡単に20㎞/hを切る。これなら自分の足で走った方が速いのではないか。

体で勢いをつけながらうんしょうんしょと進む。後ろから巨大なトラックが轟音を立てて抜かしていくのが怖くて仕方ない。

後続トラックに追い抜かれるとバイクごとトラックの方向に吸い込まれる。反対に対向トラックとすれ違うと風圧で弾き飛ばされる。不思議なことにトンネルで対向とすれ違うとトラック側に吸い込まれる。トンネルだけでも恐ろしいのに「事故れ!」と言わんばかりにバイクが吸い込まれるのはたまったもんじゃない。

トラックストレスをうまい飯で封殺
苫小牧が故郷に似ている

小さなエンジンをブイブイいわせながら太平洋に出た。目的地は苫小牧だ。近づくにつれて大型のトラックが目立つようになる。前述の危険に加え排ガスと砂埃にさらされて道北の自然を懐かしんだ。

北海道の要所苫小牧に着く。人口は20万人弱。久方ぶりの都会に緊張した。大きな港と化学工場、そして赤白の煙突が少年時代を思い出させる。18年間過ごしたその街は人工湾に面し、すぐそばで厳つい工場群を見て育った僕は遠く北の地で故郷に思いを馳せた。

特に化学工場独特のにおいは鮮明に当時の記憶を呼び起こした。父親とのキャッチボールだとか団地の中にあった学童の先生だとか、とりとめもない記憶が次々と現れてくる。嗅覚は五感の中で唯一衰えないとされるだけあって侮れないものだ。

凡庸な過去に浸っていても仕方ない。今日は文化に触れる日。

観光地なんかに行っても何も得られない。行く先は決まっている。

銭湯だ。地元の方が通う場所に本当の文化があると考えているからだ。

街の名を冠した苫の湯にお邪魔しようとしたが残念ながら定休日。国道36号沿いの松の湯に向かった。市の幹線道路に面した風呂屋で入り口が男女二つあるシンプルで趣深いたたずまい。

ご自宅が奥にあるのか元気のよい女の子と母親と思しき女性の会話が聞こえてきた。何度かこんにちはーーーー!と声をかけると、おばあちゃんお客さーーーーん!!と女の子に呼ばれた番台さんが出てきた。他にお客さんがいなかったのでお話を伺ってみると80年この地で風呂を営んでいるらしい。

一人目のお客さんがやってきた。常連さんらしい。彼に従ってこの湯の作法を学ぶ。脱衣かごはないらしく、服は床に直置きだ。実に珍しい。

浴槽は二つでとてつもなく湯が熱い。しかし僕は羅臼岳は木下小屋の源泉かけ流し温泉で鍛えた男。負けてたまるかと体を真っ赤にして湯につかる。見かねた常連さんが冷水を足し始めた。なんだ、それでいいのか。厚意に甘えて水道の一番近くを譲ってもらった。ありがとうございます。

お客さんがいらっしゃる前に撮影させていただいた
平成生まれの僕もなぜか懐かしいと感じてしまう浴室

帰り際、旅路にこれを、と番台のお姉さまがシャンプーリンスをいくつか持たせてくれた。余るばっかりだから!とおっしゃっていたのでありがたく頂戴した。

まだ日は高く外に出ればまた汗が噴き出してきたが、バイクで走って火照った体を冷やした。

良い銭湯を選んだものだ、と内心自分をほめながら寝床に向かった。

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