MAGMA BEKERJA DI GUNUNG KUROBE

翌朝5時、脳の深部にかすかな光が届き朝が来たことを知る。メシを食らい6時に発った。今日の目的地は黒部五郎小舎だ。そこにマグマがいるという。

双六岳の登りに入る。雲が体を覆う。いつまでたっても槍の穂先は拝ませてくれないようだ。また昨日と同じ感情が湧いてきた。

そう、付け上がっているのだ。この雲は僕らから視界を奪うことで悦に入っているに違いない。そうとなれば槍ヶ岳をはじめとする日本屈指の高峰も付け上がっていることになる。山を開拓し、道を作り小屋を建てた人間への報復か。僕らの願いが自然との共生だということは理解されていないようである。

双六岳山頂を通過し三俣蓮華岳に到着した。山が僕らに歩み寄ってきた。晴れたのだ。雲ノ平から薬師岳までようこそと言わんばかりに大きな山塊がたたずんでいる。まさに僕らが山に求めた共生が具現化したような気分であった。

ギターを引っ張り出し、ひとつ歌う。歌も楽器も人に聞かせられるレベルではないのだが、山とそれを取り巻く自然なら受け入れてくれそうな気がした。

黒部五郎小舎への下りに取り掛かる。鞍部に建つ小屋にたどり着くには驚くほど下らねばならない。支え棒に体重をかけじわじわと下っていく。右手に見える雲ノ平との間には黒部川を擁する深い渓谷が鎮座する。その暗さは山の質量を何倍にも増大させ見る者を引き込むブラックホールのようでもある。

マグマのねぐらまで残り僅かの下り坂で驚愕の物体を発見する。人糞だ。まぎれもない人糞が登山道に横たわっていた。茶色い汚れの付いた純白のペーパーまで添えてある。この物体は付け上がっているという表現では言い表せない身勝手さと臭いを発してした。そもそもなぜこれほどの急斜面で用が足せるのだ。小屋はすぐそこである。この無礼で無責任な行動が今朝僕らを苦しめたガスを生んだといっても過言ではない。

気を取り直して下り続ける。小屋がみえてきた。僕らの求めるマグマはすぐそこだ。ここで高温のマグマに備えてユニフォームに着替えた。白い生地にマグマの顔がでかでかと印刷されている。背面には

MAGMA BEKERJA DI GUNUNG KUROBE-GORO.

インドネシア語で「マグマは黒部五郎岳で働いている。」

森が開け黒部五郎小舎が姿を現した。マグマはどんな顔をするだろう。喜んでくれるのか、驚くのか、はたまた泣き出してしまったらどうしよう。どんな服装で出迎えてくれるだろう。はるばる大阪からアルプスの奥深くまで訪ねてきた僕らにどんな労いの言葉をかけてくれるのだろう。想像するだけで胸の鼓動が早まってくる。早く、早く会いたい。僕らの歩くスピードは自然と上がっていた。もうすぐそこである。

着いた!と思ったと同時に小屋の窓が開き一言

「おそい!!!」

なんてことだ、訪ねてきた友人にかける一言目がそれなのか。彼女の言葉は止まらない。
「なんでこんな遅いねん。鷲羽でも登ってきたん?」
阿呆かこいつは。僕らにそんな体力があるわけがなかろう。11時に小屋に着くのを遅いと罵られても僕らに反省の余地はない。

早く黒部五郎の頂上に連れて行ってしまいたいというマグマの言葉には一切耳をかさず、テントを張り昼飯に取り掛かった。よく晴れて空の広いテント場であった。

小屋の支配人に外部の人間と至近距離で接することを固く禁じられているマグマは少し離れて僕らを見ている。人を待たせて食うメシは本当にうまいものである。

腹が膨れたところで黒部五郎岳の山頂に向かった。カールの中を歩くと大きな岩の壁に圧倒される。マグマは先頭を歩き僕らを案内してくれている。小屋の生活は案外快適そうだ。毎日のようにとんかつを食べ休みの日には山を歩きオコジョが出れば追いかけまわす。実にうらやましい時間を過ごしている。カールを抜けて急登を一登りすると頂上はすぐそこだ。

ついに山頂に立った。4人でユニフォームに着替えて写真を撮る。足元の美しいカールが僕らを支え、遠くには雲ノ平、水晶岳、鷲羽岳、少し視線を左にやれば薬師岳がこちらを見ている。なんと幻想的で美しいものか。深い山を見渡して次はどこを楽しんでやろうかと想像を膨らませる。

山と言うのは女性に似ている。その美しい姿を見たときにはどこをどう楽しもうかと意気込むのだが、いざ入ってみればその雄大さに圧倒され、深さを知り、到底自分の力では全てを理解することはできぬと悟るのだ。

それでもやはり、その魔力に惹かれ脳の奥底から湧いてくる好奇心を頼りにまた訪れてしまう、そういう類の魅力をどちらも持っている。ラテン系民族が「山」と言う単語を女性名詞としことにもこの意味が含まれているのではないだろうか。

テント場に下り夜の準備をする。
夕飯は満を持してのタコスだ。Wが肉をチリソースで焼き豆を煮てペースト状につぶす。僕とDは小麦粉をこね掌ほどの大きさの薄い生地を用意した。タコス専用パン焼いた生地に、豆を塗り、肉、玉ねぎをのせライムとチリソースをかけたら一口でバクッとほおばる。

肉の程よい辛み肉とうまみが口に広がる、ライムの酸味が良いアクセントになっている。とてもおいしい。小麦の炭水化物、肉と豆のたんぱく質、野菜のビタミンを一度に摂取できるとても健康的な食べ物だ。生地が案外腹に溜まり、あっという間に満腹になった。マグマも少しだけ口にして、おいしい、と顔をほころばせていた。

夜はすぐに更けた。小便に起きると無数の星が全空を覆いメラメラ燃えていた。

4時半に起床。もう辺りは明るくなり始めていた。宿泊客の朝食をあわただしく用意するマグマと短い挨拶をかわし帰路に就く。

確かにマグマは黒部にいた。黒部の小屋で強く熱く燃えていた。欲望に忠実に生きんとすべく、自らの力を試さんとすべくそこで生きていた。彼女のたくましい姿を自分らの目をもって確かめたことで僕らは深い安堵を覚え、さらなる友情の深化を確信したのである。

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