MAGMA BEKERJA DI GUNUNG KUROBE

朝5時、携帯電話アラームに起こされた。寝袋は朝露で湿っている。傍に置いてあったコンロをセットし水を火にかける。昨夜は1時ごろにこの駐車場に到着した。久しぶりの野宿はあまり眠れず、一度小便に起きだした。星がきれいだった。湯が沸く。保冷バッグで持ってきていた冷凍ご飯を湯に入れお茶漬けをこしらえた。左隣のDはコンビニのおにぎりをむさぼり、右隣りのWは煙草をくゆらせている。彼の吐く煙が早朝の白い空を薄紫に染めている。留学帰りの彼は煙草の銘柄が変わったようだ。

何となく準備に入る。みな、それぞれがどのくらいの時間を準備にかけるかわかっているので特に言葉は掛け合わない。特に僕を除く二人は一緒に1か月間アメリカのトレッキングを歩いていただけあってよくお互いのことを知っている。

6時ごろ、ザックを背負い登山口に向かう。新穂高温泉から山に入るのは2年ぶり3度目だ。双六山荘から双六岳、三俣蓮華岳を経由し黒部五郎小舎を目指す。山頂を獲ってピストンで帰ってくる予定だ。この山塊に入るのに同じルートをピストンとは何事だと葛藤もあったが、この山行の目的は山を歩き回ることではない。僕らの目的は黒部の山中に湧くマグマを訪ねることだ。

ぼんやりとした記憶を頼りに林道を歩き始める。僕は二人に比べれば、この世が荒れた半年の間も運動をしていたが、メキシコ帰りのWはほぼ1年ぶりの登山、Dはつい先週大学院試験を終えたばかりの受験生なので山に行っている暇などなかった。それでも、元来体力のある彼らは以前のように縦走ザックを満タンに詰めてきていた。

ワサビ小屋までの林道が記憶以上に長い。笠ヶ岳に行ったときの記憶が全く役に立たない。ようやくワサビ小屋までたどり着いた。小屋の前の貯水槽には夏の野菜や果物がぷかぷか浮いていて大きく「200円」と書かれていた。三人で話し合った結果、ザックに詰め放題200円なのではないかという結論に至ったが、これから山に登るのにわざわざ荷物を重くしていく必要はない、とまっとうな意見が出たため詰め放題は下山時に取っておくことにした。

林道が終わり標高を上げる登山道が始まる。もうとっくに陽は上がってしまって、僕らが歩いてきた谷底にも日光が届いている。そういえば夏山はこんなだったな、と他愛もない会話を交わしながら汗をダラダラ流して歩く。

メキシコ男がへばってきた。この男(元々人一倍ある)体力に見合わない量の荷物を担ぐ性癖がある。6泊の縦走の7日目にザックから牛肉のワイン煮込みが出てくるほど潤沢な食糧を運ぶことで知られる。今度も例外でなく、後でわかったことだが、酒だけでビール6本テキーラ1瓶を持っていた。2泊の縦走で誰も頼んでなどいないのに、だ。ビールは選べるように二種類用意してあった。気の利く男だ。

さて、彼がばてるのは正直想定の範囲内なので特に困ることはない。じりじりと追い付てきてくれるので先に行くし飯を食えば万事解決だ。

秩父沢で休憩する。登山者はみなそこで足を止め水を補給したり沢の水を頭からかぶったりしている。火照った体を冷やすには十分すぎるくらいの水温だ。水辺に集まるという動物の本能を登山者全員で証明しているような光景だ。歩き始める。こまめに休憩をはさんで少しずつ標高を上げた。まだ樹木の背は高く、影になる場所が多いのが救いだ。

鏡平山荘に到着した。昼飯をとる。改装中なのか、男たちが談笑しながら木の骨組みを組んでいた。外のベンチの周りはこれから小屋になるであろう木材で埋め尽くされている。

隣のテーブルでは老夫婦が鏡平山荘名物かき氷をおいしそうにほおばっていた。あまりにおいしそうである。これまでの僕らであれば、決して手を出すことはなかっただろう。小屋で甘味?なんだそれは!自分を追い込んで欲望を抑え込んで歩くことが山であろう!と声を荒げていたに違いない。

買った。食べた。うまかった。下界の氷屋から仕入れいているというこだわりの氷が軟らかく削られ、たっぷりとシロップがかかっていた。おまけにラムネアイスをトッピングして持参の練乳をこれでもかというほどかけてやった。人間の考えや信条なんかはすぐに変わってしまうものなのだ。

稜線に登る道に入る。谷を挟んで反対側には穂高と槍の峰々がくっきりと見えている。岩の厳つさの中にもどこか柔らかみを感じる山並みを眺めながら稜線にたどり着いた。

目的地はすぐそこだ。久しぶりに山を歩くにしては上手く1日目が終わろうとしている。Wは槍穂に正対し小便を垂れている。バックグラウンドミュージックはJupiterだ。Everyday I listen to your pee.である。小便袋はザックにしっかりしまってくれたまえ。

テント場に着いた。昨今の情勢を鑑み不織布で顔の下部を隠し受付を済ませる。かなりの数のテントが張ってある。我々も設営し、昨晩の野宿で濡れたシュラーフサックを乾かす。

山の世界で日本語でも英語でもなくドイツ語を使われるようになったのは、近代登山文化を日本に持ち込んだ大学生が「イキる」ために使い始めたという話を聞いたことがある。大昔の先輩への尊敬もこめて僕も実際にドイツ人から聞いてきたままの発音で記すことにしよう。

夕飯はお好み焼きだ。Wがメキシコから持ち帰ってきたタコス用フライパンで焼く。キャベツを切り、粉を溶かし、玉子を投入する。

しかしここである問題が発生した。玉子が付け上がっているのだ。玉子専用ケースのい入れてきたのだが、自分は絶対に割れないと思っているのだろうか。ケースを開けると、ニヤニヤクスクスと笑い声が聞こえてきそうな面をしているではないか。

完全に付け上がっている。貴様らのためにケースの中に入れず防寒着に挟まれて運ばれた玉子もいるのだぞ。ふつふつと怒りが湧いてくるのを感じた。やつらを放っておくわけにはいかない。本当の立場を教えなければ。僕らは玉子をかち割り小麦粉と水の海に彼らを放り込む。ぐっちゃぐっちゃと混ぜて奴らの存在を消し去ってやった。これでわかっただろう。せめてもの情として貴様らの形見である殻だけは持ち帰ってやろうじゃないか。そして我らの活力となれ。

玉子をたくさん入れたお好み焼きはおいしかった。付け上がっていたにしては素朴で純粋なうまみが口に広がる。今夜はよく眠れそうだ。下手なギターをかき鳴らし歌を歌ってテントに潜り込む。気づけば夢の中にいた。

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